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ENGINEERING
5G,Network
東京オリンピックが開催される2020年は、次世代通信規格「5G」の商用サービスが本格的に始まるいわば「5G元年」。前編ではこの技術の世界標準化に取り組んだ中心人物の一人、東京工業大学の阪口啓教授に5Gとはどういう技術なのかを伺います。
ファミリーコンピューター「スーパーマリオブラザーズ」が爆発的なヒットを記録し社会現象となった1985年、携帯電話の先駆けとなる日本初のポータブル電話機「ショルダーホン」が発売され大きな話題を呼びました。以降、PHSや携帯電話、スマホの普及に伴い、通話だけでなくメールや動画視聴などができるようになり、通信規格が大きく変化していきます。
1979年にアナログ方式で「1G」(G=Generationの略で「世代」という意味)の運用が始まり、1993年には第2世代となる「2G」でデジタル方式に変わりSMSなどが利用できる様になりました。2001年には第3世代「3G」のサービスが開始され、Eメールなどより高速な通信や、国際ローミングが使用可能に。2010年には「4G」(LTE)のサービスが始まり、スマホでWebサイトを見たり、動画を視聴したりするライフスタイルが定着。通信技術は約10年ごとに大きな節目を迎えてきました。
そして、2020年には第5世代となる「5G」の運用が本格化されます。私たちは通信技術の変化を驚きと興奮を持って体感してきましたが、果たして「5G」とは、どのような革新をもたらしてくれる技術なのでしょうか?
「5Gは『高速大容量』『低遅延』『同時多数接続』の3つの特徴を持ちます。具体的には、通信速度は現在の4Gより100倍速く、かつ10倍多くの機器に接続可能で、しかもそのタイムラグは現在の1/10になります」(阪口教授)
通信容量が拡大すると必然的に「低遅延」になりますが、さらに「同時多数接続」が実現できるためIoTIoTInternet of Thingsの略。さまざまなモノがインターネットに接続され、情報交換することで相互に制御する仕組みのこと。テレビやエアコン、自動車など活用分野は広がっている。 への活用が大きく期待されている技術です。
前述のとおり約10年サイクルで大きな変革をとげてきた通信技術ですが、実はこの5G、そもそも構想自体がなかったといいます。
「4G LTEの技術は素晴らしく、私たちが携帯やスマホを使っていてもそんなに不便はないですよね?だから5Gという構想はなかったんです。ところがそれを変えたのが2007年のiPhoneの登場でした。2010年ごろにはスマホが一気に普及したことでモバイル通信のトラフィックが爆発的に増えました。その規模は2020年には2010年の1000倍にも達すると予測されています」(阪口教授)
こうしたトラフィックがパンクし通信ができなくなる問題を解決する技術が、阪口教授が長年研究を積み重ね5Gの根幹技術である「ミリ波」です。
モバイル通信の歴史
トラフィックの爆発を吸収できるアーキテクチャーとしてITU(国際電気通信連合)にミリ波を提唱した阪口教授。その研究は決して平坦なものではありませんでした。
「4G LTEは優秀な技術だけど、爆発的に通信容量を増やすことができません。また、4G LTEなどで利用されている低周波数帯は飽和状態で空きがない(図3参照)。そこで注目した高周波数のミリ波ですが、高周波数の電波は切れやすく使いづらいのが弱点でした。しかし、周波数を10倍にすると通信容量は1000倍になるのはわかっていましたから、接続性の課題を解決すればいいんだと研究に没頭しました。ただ、この研究は大きな冒険でした」(阪口教授)
低周波数帯では電波の空きがない飽和状態なのに対し、高周波のミリ波帯はまだまだ余裕(余白部分)があり利用可能。
(2018年3月1日現在/総務省)
当初、国が後押ししていたミリ波の研究は、2008年のリーマンショックを境に研究費は削減され、多くの研究者が辞めていきます。「なんとかミリ波の出口を見つけるしかなかった」。次々とぶち当たる壁に正面から挑み続け、そして完成させたのが図4のネットワークアーキテクチャーです。
「広域をカバーする『Macro BS(Base Station)』の役割は、例えばAさん、Bさんが持つスマホの位置を追跡し、①②③のどの「Small-cell BS」のエリアに入ったのかを特定しスマホに伝え、一番近くの「Small-cell BS」と通信するように制御します。「Small-cell BS」はミリ波を使った基地局のエリアで、カバーエリアは狭いですが現在の1000倍の通信速度を提供できます。これを例えば50m間隔で「Small-cell BS」を街中に設置し、このネットワークを構築することで、『高速大容量』『低遅延』『同時多数接続』という5G通信網が確立できるのです」(阪口教授)
阪口教授は「ある課題を解決するためにずっと研究していた技術が、5Gになった」と、まるで偶然かのように謙遜して話してくれましたが、教授の目には私たちがまだまだ見えていない新しいテクノロジーの社会が見えているのかもしれません。
2020年に本格的なサービスが開始される5G。かつてない大変革がもたらす未来とはいったいどのような世界なのか。【後編】では5Gを使った未来の社会を阪口教授の視点で読み解きます。
プロフィール
阪口啓(さかぐち・けい)
東京工業大学工学院教授。「ミリ波」など無線技術の研究に携わり、5G技術の国際標準化を牽引した中心人物の一人として活躍中。
2018年3月より株式会社オロの社外取締役に就任。