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会計のプロが語るIFRSの本質とは?第1回 ~経営者が決算書を創る時代~

経営者が決算書を創る時代
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2011/2/17公開

いま企業価値を計る「ものさし」が、世界的に統一されつつある。その"ものさし"とはIFRS(国際財務報告基準)。IFRSはすでに世界100ヵ国以上で適用され、日本の上場企業にも2016年までに強制適用される予定だ。その強制適用を前にして、監査法人A&Aパートナーズの進藤氏と寺田氏は日本企業の現状に警鐘を鳴らしている。両氏は「多くの日本企業はIFRSの本質を理解せずに準備を進めている。このままでは多額のムダ金がドブに捨てられかねない」と指摘する。今回は進藤氏と寺田氏に、IFRSの本質やIFRS導入の成功ポイントなどについて語ってもらった。

目次

    IFRS導入を通じて自社の経営方針を市場に積極的にアピールできる

    ―世界的に会計基準の統一が進む中、ついに日本企業にもIFRSの適用が既定路線となりました。「財務諸表が変わる」、「利益の概念が変わる」など、IFRSについては様々な論議が巻き起こっています。

    進藤氏:ええ。実際、いまIFRSの注目度は高く、数多くのメディアで取り上げられています。しかし、メディアでは大事なポイントがほとんど論じられていない。減価償却がどうとか、在庫がどうとか、細かい会計処理の話ばかりが論じられているんです。それらは、誤解を恐れずに言えば、すべて枝葉末節の話。もっと根本的に重要なことがあるんです。

    ―IFRSの適用において、最も重要なこととは何ですか?

    進藤氏:それは、自社の経営方針を市場に積極的にアピールできるようになること。これが最も重要な点だと思います。従来の日本の会計基準では、自社の経営方針を市場にアピールするのは難しかった。規則主義だったからです。それが原則主義のIFRSの適用により、大きく変わるんです。また、IFRSは世界100ヵ国以上で使われている「企業価値をはかるためのツール」です。IFRSという世界共通の"ものさし"を導入すれば、世界中の投資家に自社を積極的にアピールできるようになります。

    寺田氏:たとえるなら、今までの会計基準では、企業は「制服」を着せられていたようなものです。ファッションセンスのある人も、「制服」では個性を表現しにくかった。そして、IFRSの適用というのは、その「制服」が撤廃されるようなものです。どんな服でも自由に着られるようになる。しかも、世界中の人に自分のファッションセンスを評価してもらえるようになるわけです。

    ―なるほど。従来の日本の会計基準から大きく変化するわけですね。「従来の会計基準」と「IFRS」の違いを具体的に教えてもらえますか。

    従来の日本の会計基準とIFRSの違い

    進藤氏:まずベースとして知っておくべきなのは、IFRSとは「開示基準」だということ。従来の「会計基準」とは大きく異なるんです。その開示の対象者は投資家。投資家が知りたいのは、「その企業はどれくらい企業価値があるか」、そして「その企業がどう経営されているか」。それらの情報開示ニーズに応えたものがIFRSなんです。

    寺田氏:投資家の情報開示ニーズを踏まえ、IFRSでは従来の会計基準から大きく2点が変更されています。1つ目は、「企業の業績評価」から「企業の価値評価」への転換。投資家は「過去の利益実績」よりも「将来の企業価値」が知りたいと考えています。「将来の企業価値」とは、企業がキャッシュを生み出す能力のこと。そのためIFRSでは「PL(損益計算書)重視」ではなく「BS(貸借対照表)重視」となっています。2つ目は、「規則主義」から「原則主義」への転換。従来の会計基準の特徴は「規則主義」。会計処理のルールや数値基準が細かく定められていました。

    そして企業はその会計ルールに沿って、画一的に会計処理をしていたんです。しかし投資家から見ると、細かいルールで規定され過ぎると、企業の経営実態が見えにくくなる。そこで、IFRSでは、大まかな原則を示すだけの「原則主義」をとっています。IFRSでは細かい会計処理のルールや数値基準は定められていません。そのため、企業は自社の経営方針に沿って、会計処理のルールを決めなければならないんです。

    IFRSでは、自社で会計方針を決められる

    ―詳細なルールのない「原則主義」では、どうやって会計方針を決めるのですか?

    寺田氏:では「減価償却」を例にとって具体的に説明しましょう。ある飲食店が設備投資をしたとします。従来の会計基準ならば、その耐用年数は税法なども参考にして「5年」「10年」などとルールで明確に定められています。そのため、企業は自動的に会計処理を行い、そこには自社の経営判断を挟む余地はありません。

     一方、IFRSでは、具体的な耐用年数は定められていません。「耐用年数は、経営判断による使用見込年数を適用する」というような原則が示されているのみ。企業は経営者の経営方針をもとに、自社で具体的な耐用年数を決定することになります。そのため、同業の2社が同じ設備投資をしたとしても、「A社は5年」、「B社は7年」と異なる耐用年数を採用するケースもありえます。

    ―「自社で会計方針を決められる」ならば、企業は自社に都合のよい判断をしませんか?

    寺田氏:いえ、それは難しいでしょう。なぜなら企業が経営方針を定め、それに沿って業務を行えば、会計方針も必然的に決まるからです。よく誤解されがちなのですが、企業がその経営方針から離れて、会計方針を別個に決定する裁量はないんです。

     さらに、企業は投資家に対して、経営判断の詳細を開示する必要があります。もし経営判断の妥当性が低ければ、投資家から追及され、ひいては企業価値が低下します。また、妥当性の低い会計処理であれば、そもそも監査法人がその決算書を認めないと思います

    IFRS導入でこう変わる

    経理担当者への丸投げは絶対ダメ

    ―IFRSの導入を成功させるには、どうすればいいでしょうか。

    進藤氏:まず経営者が率先してIFRSの導入に取り組むことです。IFRSの決算書は、自社の経営方針なくして創れない。つまりIFRSの導入とは、経理担当者マターではなく、経営者マターなんです。「IFRSの決算書は経営者が創る」くらいの覚悟が必要です。

     そして経営者が取り組むべきことは、IFRSの本質を理解し、自社の経営方針を棚卸しすることです。まさに「敵(IFRS)を知り、己(自社)を知れば、百戦危うからず」というわけです。

    ―どうやって自社の経営方針を棚卸しすればいいですか。

    IFRSの導入を成功させるための3か条

    進藤氏:販売方針、研究開発方針、購買方針、在庫管理方針など、経営に関するあらゆる方針を整理・確認することです。これらの経営方針の棚卸しが済めば、自然に自社独自の会計方針ができあがります。

     たとえば販売方針なら、「一般市場に販売する形」をとるのか、それとも「お得意先の注文を受けて販売する形」をとるのかを明確にする。もし後者ならば、売上の計上基準は、検収基準でしかありえない。販売方針が決まれば、会計処理の仕方も自然に決まるわけです。

    寺田氏:絶対にやってはいけないのは、経理担当者やコンサルティング会社への丸投げ。よく経理担当者やコンサルティング会社に任せきりの会社がありますが、それは絶対ダメ。経営者が経営方針を明確にしなければ、会計方針は決められないからです。

     あとは、他社のモノマネもダメ。IFRSでは自社の経営方針に則って会計方針を決めるわけですから、そもそも他社のモノマネなんてありえないんです。

    進藤氏:あとは実務レベルで言うと、「経営計画の策定」が重要です。自社の経営方針をもとに、実行可能性の高い計画に落とし込む必要があります。ここでのポイントは、計画年数をどう決めるかです。IFRSでは、実行可能性に基づき、将来キャッシュフローを見積もります。将来キャッシュフローの期間を自社で設定しなければなりませんが、その設定期間を5年にするか、7年にするかによって、企業価値の算定は大きく変わるんです。計画設定の考え方が、大きく変わります。実行可能性を前提での計画ですから、計画策定の考え方は、大きく変わらざるを得ません。

    監査法人を選ぶ2つの視点

    ―IFRSが適用されることで、監査法人自体も変革を迫られると思います。実際、監査法人の業務も大きく変わるのでしょうか。

    寺田氏:ええ、大きく変わります。従来ならば、監査法人は「企業の会計処理が会計基準に準拠しているか」を確認するだけでよかった。しかし、IFRSでは「企業の会計処理が経営実態に沿っているか」を評価しないといけない。企業が100社あれば、100通りの会計方針ができるようになる。定型的な答えがなくなるわけです。そのため判断すべき領域が格段に広くなります。

    進藤氏:これまで会計士は「会計ルール」という自分たちの土俵で戦っていました。会計士は会計ルールにさえ精通していればよかった。しかし、今後は「企業経営」というクライアントの土俵で戦うことになる。会計士はクライアントの経営実態に精通していなければいけません。

    寺田氏:言ってみれば"ホームの戦い"から"アウェーの戦い"に変わるわけです。規則主義にどっぷり浸かった監査法人は、この変化に適応する必要があります。この変化に適応できない監査法人は淘汰されていくでしょう。

    ―IFRSの適用に備え、監査法人をどうやって選ぶべきでしょうか。

    進藤氏:2つの視点で選んでください。1つは、IFRSの本質を理解しているかどうか。たとえば、単に自社の同業他社の事例を持ってくるような監査法人はダメ。IFRSの本質を理解していないので、やめておくべきです。もう1つは、自社の経営実態に精通しているかどうか。特にベテランの会計士が担当してくれる監査法人がお勧めです。経験が豊富なので洞察力に長けています。企業の経営実態を正確に把握し、適切なアドバイスをしてくれるでしょう。

    IFRSの導入を"コスト"ではなく"投資"と捉えよ

    ―最後に、経営者へメッセージをお願いします。

    寺田氏:IFRSの強制適用まで、あと5~6年。導入までの準備期間は決して長くありません。繰り返しになりますが、IFRSの導入を成功させるには、まず経営者がIFRSの本質を理解すること。そして自ら率先して導入に取り組むことが最も大事です。

    進藤氏:いま上場企業は、急ピッチでIFRS適用の準備を進めていると思います。ただ、私が懸念している点がひとつあります。それは、多くの企業がIFRSの導入を、単なる制度対応で済ませようとしていることです。「制度への対応さえクリアすればいい」と。

    しかし、それではもったいない。IFRSの導入について本質的な対応をしてほしい。そして、企業はIFRSの導入を長い目線で見て、"コスト"ではなく"投資"と捉えるべきです。つまりIR戦略です。今後、ますます企業は、自社の的確なアピールが求められます。私たち監査法人はそのサポートを全力でしていくつもりです。

    取材・文/丸山 広大 撮影/目黒 ヨシコ
    ※本コラムは「経営者通信第9号」(発行:株式会社幕末)から抜粋しています。

    進藤 直滋

    監査法人A&Aパートナーズ パートナー 公認会計士

    進藤 直滋

    1948年、新潟県生まれ。東京大学経済学部を卒業後、1975年に監査法人中央会計事務所に入所。1990年から1992年までロサンゼルス事務所に駐在。その間、同法人の日系ビジネス北米統括担当。帰国後は監査業務と法人部門管理業務を兼務。2007年に監査法人A&Aパートナーズの代表社員に就任。公認会計士。主な著書に『明解連結会計』(TAC出版社)、『退職給付会計実務のすべて』(日本経済新聞社)

    INDEX : IFRSアドバイザリーが語る、IFRS導入ポイントと最新ニュース解説

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    進藤 直滋

    この記事の筆者

    監査法人A&Aパートナーズ パートナー 公認会計士

    進藤 直滋

    1948年、新潟県生まれ。東京大学経済学部を卒業後、1975年に監査法人中央会計事務所に入所。1990年から1992年までロサンゼルス事務所に駐在。その間、同法人の日系ビジネス北米統括担当。帰国後は監査業務と法人部門管理業務を兼務。2007年に監査法人A&Aパートナーズの代表社員に就任。公認会計士。主な著書に『明解連結会計』(TAC出版社)、『退職給付会計実務のすべて』(日本経済新聞社)。