株式上場と「証券会社」

2012/11/07公開

今後、IPO実務の内容について解説していこうと思いますが、その前に3回にわたり「株式上場に関わる様々なキャスト」と題して、上場準備企業を取り囲む関係者を整理しておきましょう。企業を主役とするとちょうど主要な脇役にあたる登場人物に該当します。1回目は「証券会社」についてです。

Q 証券会社の「役割」って何ですか?

株式上場に際して主幹事業務を行う証券会社において、株式上場に主に関連する部門は証券会社によって名称が異なる場合もありますが、一般的には企業部、上場引受部、審査部の3部門となります。
企業部は株式上場の見込みがある会社を発掘し株式上場に際しての幹事業務を引き受けることと、その後上場に至るまでの様々なフォローを行います。上場引受部については企業部が発掘してきた上場見込みのある会社について上場審査を受けられるまで業務改善等の指導をします。審査部は上場引受部による指導が終わり、ほぼ上場申請が可能と認められる会社について上場適格であるかどうか様々な観点から審査をします。

具体的に上場引受部でどのような指導をするのか、また審査部でどのような審査をするのかについてもともとは、あまり明確に定められていたわけではありません。しかし、主幹事証券の違いによる審査レベルの相違が、新興市場に上場した企業による不祥事の多発を招いた原因として問題となり、審査項目がより明確に示されることとなりました。
しかしながら現状においても証券会社、さらにいえば担当者によって問題点として指摘する内容は異なるのが現状といえます。

例えば社用車についてどこまでを認め、どのような場合には経営者の個人用として会社からの買取を要求するのかについても必ずしも明確になっているわけではなく、審査担当者などによってケースバイケースで判断が行われているように思われます。つまり通勤で使う常識的な車であれば認めるという立場と、個人の利用の可能性が少しでもあれば認めないとする立場があり、それによって対応が異なることになります。ポルシェのようなスポーツカーはほぼどの担当者でも社用車としては認めないでしょう。ベンツのセダンなどについては、多少見解が分かれると思われます。

同様のことは社用の福利厚生施設などに関しても当てはまります。要はコンプライアンス違反と明確にいえないような範囲の事柄でもあっても、倫理的に考えて好ましくはないと考えられるようなことはあるわけで、そのあたりについてどこまで厳格に対応を求めるかは担当者のさじ加減、判断の予知が残されているということです。ただし「良薬口に苦し」というように100年持つ会社作りを考えるのであれば経営者は自らも厳しく律し、経営風土に乱れが生じないようにしておくべきでしょう。

また、上場審査でよく使われる言葉であるところの「反社チェック」(=反社会的勢力が事業に関わっていないかどうかのチェック)についても申請会社自体がそのチェック体制を持たなければならないのですが、申請主幹事を引き受けるに当たって、証券会社はこの反社チェックを行います。反社チェックに関しては、各証券会社は独自の情報ルートなり、株式会社エス・ピー・ネットワークなどの外部機関に委託して調査をすることとなります。

しかしながら現状ではこの調査結果に関しても結果は必ずしも同じとならない可能性があります。証券会社は種々の情報ルートを持っているので、どこから得た情報なのかは明かさないケースも多いです。企業はネット上の情報などを十分調べておくべきでしょう。

Q 証券会社を「選定」する時、何に気をつければいいですか?

上場主幹事を行っている証券会社は、大きいところも中堅証券もあり、また系列などもあることから、選択に迷うというケースもあるでしょう。もちろん様々な点を考慮して決定すべきでしょうが、一番大事なのは、担当者の熱意と対応ではないかと思います。よほど大きな会社でもない限り、大きい証券会社でなければならないということはないでしょう。

一方、証券会社から見ると提案だけはさせておいて、あまりに長期間決めずにさらにコンペのようなことをさせる会社は印象が悪くなります。程々で決める必要はあるでしょう。大手証券会社と大手監査法人の組み合わせは業績や管理体制に十分な自信のある会社であれば良いでしょうが、会社が担当者等に振り回される可能性も高くなり、意図したようなIPOができなくなるリスクもあるといえます。その意味でも上場作業に手慣れた中堅の証券会社と中堅の監査法人の組み合わせがベストと考えられます。

また、何らかの事情により主幹事証券を変える必要が発生する可能性もないとは言い切れません。そのことを考えると、主幹事以外にも1社はある程度相談ができる証券会社を作っておく必要もあるでしょう。

主幹事証券会社をいつ選定すべきかという点に関しては、ケースにより異なるでしょう。大型で複雑性の多い上場案件であれば、調整事項も多いので早めの選定が必要でしょう。どのくらい前かといえば上場直前期から見て3期くらい前でも良いでしょう。一方、中堅規模上場申請会社については、監査法人等の指導を適切に受けていれば上場直前期が開始する前に選定すれば問題ないと考えても良いでしょう。

近年では主幹事証券会社は一般的にマンデイト(主幹事宣言書)を入手すると引受部に上場指導をさせる対価として上場指導料を請求します。この金額に関してはケースバイケースのようですが、あまり早いタイミングで主幹事証券を選定しても、時期的にあまり具体的な指導内容がないにもかかわらず指導料を支払うことになってもお互いに良くないということを考えると、選定の時期は早すぎても遅すぎてもいけないということが言えるでしょう。

Q 証券会社への「報酬」っていくらですか?

株式上場に関して主幹事証券の受け取る報酬は、上場時の株式引受手数料が通常最も大きなもので、この額は上場時に市場で売却することを引き受ける株の引受金額の通常7%ということになります。この7%相当額については会社の費用となるのではなく、会社から上場時の放出株として証券会社が引き受けた価格が100円とすれば、公募価格を107円として7%上乗せした額で一般投資家に株を売ることによって証券会社の利益となります。このことから理解できるように、証券会社はIPOの規模が大きいほど、つまり時価総額が高く、かつ上場時の株式の放出割合が高いほど儲けが多くなるということになります。

上場時の放出株が30億円であれば証券会社の手数料は2.1億円ということになり、3億円であれば僅かに2,100万円となります。さらに主幹事証券の引受割合は大型株ほど50%に近く小型株ほど80%くらいに高くなるのですが、いずれにしてもサブ幹事とのシンジケーションによって引き受けますので、平均的に見れば総手数料額の70%程度が主幹事証券の取り分ということになるでしょう。そのように考えると、小型上場株の場合の主幹事証券会社の取り分は、その手間に見合ったものとはいえないために、前述の引受指導料や上場できた場合の成功報酬を要求されるケースも多くなってきました。

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この記事の筆者

日之出監査法人 統括代表社員 公認会計士

小田 哲生

公認会計士。1979年より朝日会計社(現あずさ監査法人)に勤務。2002年より2009年まで代表社員。1985年以降はIPOを専門に扱う企業公開部に所属。20年以上に渡り、IPO業務推進の中心的役割を果たす。関与先でIPOを達成した企業数は30社以上となるが、特に2005年から2008年の4年間にかけて上場を達成した企業は15社となり、公認会計士業界では最多となる。東証、JASDAQ、ヘラクレスなどの主催するセミナーでも数多くの講師を務める。2009年上場準備・中堅企業のための日之出監査法人を立ち上げ、現在に至る。

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