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ソフトウェアビジネスの会計監査の現場から第4回 ~工事進行基準を適用するための管理~

ソフトウェアビジネスの会計監査の現場から 第4回 ~工事進行基準を適用するための管理~
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2010/2/24公開

本コラムでは「工事進行基準」の詳細な解説と、進行基準に対応するために必要なプロジェクト管理の具体的手法、また、IFRSがおよぼす工事進行基準への影響について解説致します。工事進行基準適用のためのチェックリストもご用意しています。ぜひご覧ください。

目次

    工事進行基準適用の難しさ

    本コラムの第1回「工事進行基準適用開始のインパクト」の冒頭で、工事進行基準の適用は非常に難しいというご説明をしました。工事進行基準適用の困難さを一言でいいますと、契約金額の合意、信頼性の高い制作原価予算の存在という2つの要件を同時に満たさない限り工事進行基準を適用することができないという点でしょう。

    工事進行基準適用のための2要件

    新「工事契約会計」は2009年4月から適用されており、上場企業やそのグループ会社を中心に工事進行基準の実務は既にスタートしていますが、会計基準が求める本来あるべきレベルのプロジェクト管理手法を確立しているとは言い切れない状況と思われます。また、監査の現場でも、進行基準適用のための内部統制の整備について会社の方々と議論を重ねることはまだまだあるようです。

    今回と次回のコラムでは、上記の2つの要件についての詳細なご説明やシステム開発を行っている企業がこの2要件をクリアするための実務的な管理方法、工夫について解説していきたいと思います。なお、以下でご説明する管理方法等については、システム開発を行う企業だけでなく、新「工事会計基準」の適用を受けるプロジェクト請負型のサービスプロバイダや建設業に属する企業でも当てはまる部分がありますので参考にしていただくようにお願いします。

    工事進行基準適用のための要件1-契約金額の合意について

    工事進行基準適用の1つ目の要件である「契約金額の合意」※1については、通常、契約書の取り交わしにより、システム開発の委託側と受託側で契約金額に関する合意が成立した時点として理解することができます。

    契約金額の合意時点=契約書の取り交わし時点

    ここで実務上の問題となるのが、システム開発業界における契約締結のタイミングです。ソフトウェア制作請負契約の場合、ソフトウェアの要件定義が確定しないと契約金額が決まらないことから、開発開始前に契約金額について合意できることはほとんどありません。したがって、開発の初期段階では工事進行基準ではなく工事完成基準によって経理処理をすることになってしまいます。一つのプロジェクトについて、最初は工事完成基準、契約書が締結できた時点以降は工事進行基準を適用するという処理は、実務上の手間が非常に大変ですので、できれば避けたいところではありますが、システム開発業界におけるこの契約慣行を考慮すると、止むを得ない処理ということになります。

    システム開発業界における契約締結のタイミング

    なお、契約書の取り交わしは済んでいませんが、制作開始とほぼ同時に口頭で受注額に関する双方の合意が成立するケースもありえるでしょう。そのような場合には、口頭による合意内容を社内で決裁し、また、これを社内文書として作成保管する運用をすることによって、制作開始と同時に工事進行基準を適用することもできると考えられます。しかし、要件定義が完了していない時期での口頭による合意は、その後の開発状況や顧客の要望による要件の追加・修正などによって受注額に関する合意内容が変化しやすいことから工事進行基準の適用には特に慎重な判断が求められ、口頭による合意がよっぽど契約金額を確定する程度のものでない限り、工事進行基準を適用すべきではないと考えられます。

    また、一つのプロジェクトについて、最初は工事完成基準、契約書が締結できた段階で工事進行基準を適用するという実務上の煩雑性を回避するため方法がないわけではありません。例えば、以下のような対処策があります。

    工事完成基準と工事進行基準を画一的に利用するための手法

    1つ目の方法は、要件が確定するまでの基本設計や詳細設計フェーズをソフトウェアの制作請負契約から切り離し、SES※2として契約締結する方法です。そうすれば、工事進行基準の適用対象となるのは、請負契約に限定されますので、要件定義完了後のコーディングフェーズ以降からとなります。また、要件定義が済んでいれば、受注金額が確定することが通常だと思いますので、途中から工事進行基準を適用するような煩雑な処理は不要となります。ただし、特に日本では、要件定義フェーズにおいて金額が確定しない契約方法は顧客から嫌がられることが多いためこのような対処は現実的ではないかも知れません。

    SESとして契約締結する方法

    2つ目の方法は、顧客に与える影響が比較的限定的であるため実務的な対応と言えます。上記のフェーズごとに契約を分割すれば、設計フェーズのプロジェクトには工事完成基準を適用し、コーディング以降のフェーズには工事進行基準を適用するという画一的な処理がしやすい環境が整うことになります。

    設計フェーズのプロジェクトには工事完成基準を適用し、コーディング以降のフェーズには工事進行基準を適用する方法

    ※1 「工事契約に関する会計基準」(企業会計基準第15号)の第11項において、工事進行基準の適用要件として信頼性をもって工事収益総額を見積もることが要求されています。また、信頼性をもって工事総収益総額を見積もるためには、契約上の対価の定めがあることが必要である旨、また、対価の定めとは当事者間で実質的に合意された対価の額に関する定めと対価の決済条件及び決済方法に関する定めがある旨が規定されています。本コラムでは、対価の定めに関する合意があることを「契約金額の合意」という表現で説明しています。

    ※2 SESとはシステム・エンジリニアリング・サービスの略であり、稼動時間に応じて取引金額が増減する委任あるいは準委任契約のことです。

    工事進行基準は適用できなくなるのか

    工事進行基準適用の2つ目の要件である信頼性の高い制作原価予算の存在※3については、より難しい対応が必要となります。なぜなら、新「工事会計基準」は、信頼性の高い制作原価予算の見積もるための具体的要件として以下の両方を要求しているからです。

    信頼性の高い制作原価予算を見積もるための2つの要件

    まず、1つ目の要件ですが、ソフトウェア制作の場合、社内人員や外注先の稼働時間によって原価が大きく変わってきますが、顧客の要望の変化による仕様の追加・変更、技術的な不具合の発生などは常態的に発生するため、稼働時間の見積もりは簡単な作業ではありません。しかし、システム開発を行っている企業では、赤字プロジェクトの発生など過去の失敗を繰り返さないよう、原価の見積もり計算をできるだけ精緻に行おうという取り組みは進んできており、全く対応不可能といった状況ではないでしょう。ただ、書面上は、積み上げ計算をしたことになっていても、中身は以前の管理手法と同じようにほとんど過去の経験や勘に頼っている場合もあるのではないかと思います。また、そのような管理手法を社内で統一的に運用できていない企業も少なくはないと想像されます。

    2つ目の要件についても、困難ではありますが、対応が不可能というほどではないと思われます。制作の進捗によって、原価を適時・適切に見直して、所定の会議体や再受注決裁などの形で承認する実務は定着しつつあると考えられるからです。ただし、工事原価の事前の見積もりと実績を対比するという作業は実際にはかなり大変です。原価見積もりが変化した後で、なぜ、変化が生じたのかをチェックし、文書化して上長に報告する作業は、後ろ向きな作業になりますし、また、そのような管理をするためのコストも馬鹿にはならないでしょう。

    上記2つの条件をクリアするために何か良い方法はないのでしょうか?次回のコラムでは、実務上のヒントになるよう原価見積もりの精度を高度化させるための制度やプロジェクト別の工事進行基準適用チェックリストの例示などについてご説明をしていく予定です。是非、ご期待ください。

    ※3 「工事契約に関する会計基準」(企業会計基準第15号)の第11項において、工事進行基準の適用要件として信頼性をもって工事原価総額を見積もることが要求されています。本コラムでは、信頼性をもって工事総原価総額を見積もることを「信頼性の高い制作原価予算の存在」という表現で説明しています。

    原価見積の精度を高度化するための社内体制

    原価見積の精度を高度化するための社内体制としては実に様々なものが考えられます。以下に、その具体的な対応方法について説明をしていきますが、その全てが整備できないと原価見積が高度化できないというわけではありません。各企業の文化や既存の制度と組み合わせて目的が達成できれば良いはずですし、また、最低限の体制を整えた上で、徐々に整備を進めていくという方法も考えられます。企業がそれぞれ直面している状況に合わせて検討することが大切です。

    (1)プロジェクト別予算制度の整備

    当たり前ですが、プロジェクト別予算制度とは予算制度の一つです。通常、予算と言うと事業計画を達成するために作成される年度予算を指します。年度予算を達成するために月次予算が作成され、さらに、ソフトウェア開発を行う企業などでは、月次予算をプロジェクト別に詳細化したプロジェクト別予算を作成するのが通常です。プロジェクト別予算制度は他の年度予算とか月次予算と一体となり、また、関連性をもって整備・運用することが重要です。

    では、このプロジェクト別予算制度をうまく機能させるために必要なことは何でしょうか。下記にいくつか例示をしながら解説を進めていきます。

    1:プロジェクト別予定原価の承認手続

    最初にプロジェクト別の予定原価をたてる場面は、受注承認のときに来ます。通常、顧客への営業活動の後、正式に受注を受ける前に受注金額とその予定原価を積算し、差額である利益が企業の得ようとする利益水準や方針に合致することを確かめる手続として社内で受注承認を行った上でソフトウェアの制作を開始することになります。

    ただし、このとき承認を受けた予定原価は正確性を重視した積み上げ方式の予定原価ではなく受注承認のための概算であることがあります。当然、原価の概算額によって受注承認を行うこと自体が否定されるものではありませんが、このような原価の概算額は工事進行基準を適用するために必要な精度の高い原価見積とは言えないのが通常でしょう。したがって、工事進行基準を適用する企業では、概算としての原価見積が承認された後、再度、積み上げ方式の精度の高い予定原価が積算され、これを承認する手続が整備されている必要があります。精度の高い予定原価が承認された時点で工事進行基準の適用が開始されますが、もし概算見積のまま制作を開始する場合は、積み上げ方式の予定原価が承認されるまで工事完成基準で会計処理されることになってしまいます。

    2:プロジェクト別予算について承認を受けるべき事項

    原価予算書では単に最終的な原価見積額のみが承認されれば良いというわけではありません。予算書は、以下の書類と一緒に承認される必要があると考えられます。

    • 受注額あるいは受注予定額
    • 要素別・費目別の予算内訳書
    • 予算策定の前提条件となるソフトウェアの仕様書や要件定義書
    • 仕様や要件に基づいて設定した原価積算の仮定
      ( 定量的情報と原価発生の関連性・相関性など<第2回コラム参照>)
    • ランク別の稼動予定数・稼動期間・開発体制図(開発線表等)

    3:算作成方法の標準化

    2:で記載した書類を十分に用意して原価見積書を作成・承認したとしても、見積書の作成者によって作成方法がまちまちであれば、企業全体としては原価積算の精度は上がっていきません。そのためには以下のような予算作成方法の標準化のための工夫が必要となるでしょう。

    • 予算作成マニュアルの制定
    • 予算編成方針の提示
    • 予算作成上必要となる標準書式の制定
    • 採用する開発手法ごとの原価積算のための各種定量的情報と標準的な原価発生額の関連性(標準的な単金等)

    4:プロジェクト別予算書の変更承認手続

    開発当初の時点で、適切に原価の積算を行い予定原価の承認を受けたとしても、開発の進捗により顧客の要求する仕様が変化したり、開発体制や開発方法の変更を行うことは良くあることです。そのような場合に、適時にプロジェクト別予算書を再度作成し、社内で承認する手続は、工事進行基準を適用するために必須の体制です。適時に予定原価の見直しが行われなければ、工事進捗度の計算は正しいものではなくなり、その結果、計上される工事売上高は不適切なものとなるからです。プロジェクト別予算書の変更承認に際しては、以下のような事項が承認される必要があると考えられます。

    • 変更された予算内訳書(前回予算書との相違を説明する比較分析を含む)
    • 変更された仕様書や要件定義書
    • 変更された原価積算の仮定(仕様・要件)
    • 変更された開発体制図や開発線表

    また、適時に予算書が変更承認されるように、一定額あるいは一定率以上の予定原価の変更が生じた場合に予算書の再承認を行うべきことを定めた社内規程を定めることも重要になります。

    (2)組織

    原価見積の精度を高度化するためには、そのための組織作りも重要です。例えば、各組織に所属するSEをそのスキルからランク別に区分し、ある特定のソフトウェアの制作にどれくらいの稼動が必要か容易に積算できるような仕組みを持つことは有効なアプローチです。その他、原価見積の精度のばらつきを平準化するため、プロジェクトマネージャーの教育や社内の第三者(PMO等)による予算書の妥当性をチェックする組織を整備することも非常に有効です。

    (3)規程と評価制度、その周知

    プロジェクト別の予算作成方法や承認方法はきちんと規程やマニュアルにし、全員に周知することが重要です。規程化しなければ、これに準拠しない方法で精度の低い原価見積をした者がいても、改善を促すことができません。また、精度の高い原価を積算した場合には高い人事評価がなされる、逆に予定原価を大幅に超過したプロジェクトの責任者には低い評価がなされるなど原価積算の精度を向上させるための企業基盤を整備することも重要です。

    工事進行基準適用チェックリスト

    上記2.では原価見積の精度を高度化するための様々な社内体制について説明をしましたが、たとえそのような体制をきちんと整備しても、顧客との関係、社内開発体制など様々な事情によって精度の高い予定原価が積算できないプロジェクトが発生する可能性は十分にあります。

    そのようなプロジェクトには工事進行基準は適用できないと判断する必要がありますが、その判断基準やプロセスは個別プロジェクトごとに事情が異なりますので非常に複雑になりがちです。本コラムでは、なるべく簡単に工事進行基準を適用すべきか否かの判定ができるようにチェックリストを例示したいと思います。このチェックリストはあくまでも例示です。本コラムの読者の皆様は、このチェックリストに会社の固有の状況を加味した上でご利用いただくようにお願いいたします。

    なお、下記チェックリストは、工事進行基準適用のためのチェックリストとして作成してみましたが、プロジェクトのリスク評価のためのチェックリストとしても利用できます。本コラムでは何度も触れていますが、プロジェクト管理は会計処理のためだけに行われるものではありません。このようなチェックリストを利用することによって、プロジェクトのリスクを評価し、利益管理の一助となれば幸いです。
    工事進行基準適用チェックリストのPDFはこちら

    INDEX : ソフトウェアビジネスの会計監査の現場から

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    柴谷 哲朗

    この記事の筆者

    太陽ASG有限責任監査法人 代表社員 公認会計士

    柴谷 哲朗

    平成3年中央大学商学部卒業。平成10年公認会計士登録。大手監査法人を経て現在、太陽ASG有限責任監査法人の代表社員として活躍中。ソフトウェア、コンテンツ等の会計実務を専門とし、著書には「ソフトウェアビジネスの会計実務」(中央経済社)などがある。